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「因電」とは?

 8月の例会で登った「十年」、この奇妙な名前の山は地図に記載のない、若桜から戸倉峠を越えた兵庫県宍粟市の山中の1039mのピークである。

 登る途中の稜線上に、昔の送電線跡と思われる遺物があった。石垣の台上に散乱する壊れたガイシと「因電九八昭和八年七月」と刻印されたプレート。

 図書館で、中国電力が昭和49年に刊行した大部、「中国地方電気事業史」をひもとくと、「因幡水力電気昭和2年設立」と記されていた。

 鳥取県の現八頭町日田や若桜町来見野で水力発電を行い、姫路市方面に電気を送っていたという。

 国策により統合される以前、いかに多くの電力会社が各地に存在していたことか。

 翻って現在、9大電力の一つ、全戸停電というブラックアウトを引き起こした北海道電力の主電源構成を見ると、日本の置かれた危機状況が垣間見えてくる。

 主力が泊原発の207万kwと苫東厚真の石炭火力165万kw。地震列島に危険極まりない原発や温暖化が原因とされる巨大台風の頻発という事態にCO²ダダ漏れの石炭火力に頼ろうとする時代錯誤、この会社、いやこの日本に未来はあるのか。

 大雨、台風、地震による被害が連鎖する時代、自然エネルギーを主体とした分散型の電源に切り替え、食糧ともに地産地消に取り組まなければ安全な暮らしは成り立たないことが立証されたように思う。

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